なぜ祖母はエホバの証人に協力的な態度をとってしまったのか?
子どもの頃のことでふと思い出したことが。
運悪くエホバの証人2世信者の子どもだった私は、宗教親によってくだらないエホバの証人の集会に週3回も連行されていた。
今回思い出したのは、私の祖母がエホバの証人の集会についてきたことがあったこと。祖母は、エホバの証人とはなんの関係もない普通の真っ当な人間だった。
ほんの数回だったと思うのだが、祖母もエホバの証人の集会に参加したことがあった。連れてきたのは私の母、祖母から見れば実の娘。
なんで、そんなバカげたエホバの証人の集会に祖母は付き合ったのか?
そもそも、エホバの証人というおバカな宗教のせいで私は輸血拒否させられて命の危険にさらされたり、母自身も親類の葬儀に参加しなかったりと、実生活に完全に支障をきたしていたのは明らか。
なのに、なんで、ちょっと協力的な非信者みたいな立ち位置を祖母はとってしまったのか?
安易にエホバの証人の集会に参加すべきでない理由
相手はおバカなカルト信者なんだから、少しでも譲歩すればつけあがるし、「やはり正しい宗教だから、祖母も興味を示しているんだぁー」となる。すべてエホバの証人側に都合よく結論付けるように思考回路が組みあがっている。それがカルト信者エホバの証人。
祖母はそこまでシビアに考えていなかったにしろ、せめて明確に「反対」という態度を示すべきだった。
安易にエホバの証人の集会などに参加すべきではない。
参加するのなら、徹底的に反対・批判するための参加にすべき。集会のプログラムに対して、徹底的に批判、誰もが反論できないくらいに論破するしかない。
そして、「反論できないのなら、お宅らエホバの証人は論理的に信仰を証明できない単なるカルト信者。信じたいから盲信しているだけ。マインドコントロールされているに等しい」と批判すべき。
しかし、当時の祖母にそんな能力があるはずもなく。とんちんかんなエホバの証人の教理に対し論理的に批判するなんてのは、一般人にはなかなかに難しい。
子は親を捨てられるが、親は子を捨てられない
祖母は集会に参加したからといって、エホバの証人になろうとしていたわけではない。娘が入信してしまった以上、完全に縁を切ることもできず、孫のことも気になっていた。だからこそ、嫌々ながらも様子を見るために参加したのかもしれない。
ほんの少しとはいえ、祖母は母に対し協力的な立ち位置でエホバの証人の集会に参加してしまったのはなぜなのか?
それは、子どもがヤバい宗教に入ってしまったとしても、親は子を捨てられないから。
子は親を捨てられるが、親は子を捨てられない。
それを超えてくるのが、エホバの証人の宗教親の異常さ。エホバの証人の宗教親は教団的に排斥扱いとなった子どもを捨ててくるし、輸血拒否で殺しにもくる。
この一線を超えていないマトモな親にとっては、おバカな宗教に入信し不幸をばら撒き、世界を害しまくっていたとしても、実の子どもを捨てることができない。
子どもは親と絶縁できる。しかしマトモな親にとってそれは無理な話。子どもがおかしな宗教に入ろうが、周囲に迷惑をかけようが、親である以上は気にかけてしまう。たとえ子どもが間違った道に進んでしまっても、見捨てることなどできない。私の祖母もそうだったのだろう。
自然な愛情を失ったエホバの証人に対し、周囲は自然な愛情を示さざるを得なかったというのが、私の祖母の心情だったのかと。
おバカな連中は、「子どもを捨てる親だっている」とか言い出すんだろうけど、そんな連中は既に一線を超えているわけで、エホバの証人親と同じなんだよ。


