エホバの証人が使う詭弁カタログ&撃退フレーズ集|⑧ 無知に訴える

「誰にもわからない」ことを、なぜか“自分の主張の証拠”にしてしまう

詭弁カタログ⑧「無知に訴える」。昨日までの記事の続き。

無知に訴える(Appeal to Ignorance)

特徴: 反証できないことを理由に、自分の主張を正当化しようとする詭弁。 「わからない=自分の言っていることが正しい」という飛躍した論理が特徴。

この詭弁は、宗教的な場面で特に多く見られる。 以下は、実際によく使われる、特にエホバの証人がよく使うフレーズの例。

例:

  • 「誰にも証明できないけど、だからこそ真実なんだ」
  • 「誰にも神の考えはわからない。だから組織の言うことが正しい」
  • 「終わりの日がいつ来るかは誰にもわからない。だから今がその時だ」
  • 「あなたには理解できないかもしれないけど、これは霊的なことだから」
  • 「科学では説明できない。だから神の存在は本当だ」
  • 「神の存在は証明できない。でも、否定もできない。だから信じるべきだ」
  • 「あなたはエホバの証人のことを知らないから、否定すべきではない」
  • 「あなたはエホバの証人のレッスンを受けていないから、話が通じない」
  • 「あなたは現在のエホバの証人のことを知らないから、批判すべきではない」
  • 「あなたはエホバの証人の集会や大会に参加していないから、エホバの証人のコミュニティの良さが分からない」

対処法:

「証明できないことを“真実”とするのは、論理的には成立しません。」

“わからない”という状態を、なぜか“信じる理由”に変換してしまう詭弁。しかしながら、本来、“証明できない”ということは、信じる根拠にも、否定の根拠にもならない。当然のことなのだが。

「知らないなら批判するな」という主張は、 “知っている人しか意見を言えない”という閉鎖的な構造を正当化する詭弁。しかし、実際には、“知らない”からこそ見える矛盾や違和感もある。情報を制限しておいて、“知らないくせに”と責めるのは、 情報非対称性を利用した支配の構造そのもの。

撃退フレーズ

🔸 「“証明できない”ことを“真実”とするのは、論理的には成立しません。」

🔸 「“わからない”ことは、“何でもあり”を意味しません。」

🔸 「“証明できない”ことを盾にするなら、どんな主張も通ってしまいますよ。」

なぜこの詭弁は危険なのか?

  1. “わからなさ”を武器にする
    本来、「わからない」ことは中立的な状態のはず。 でもこの詭弁は、“わからない”ことを逆手に取って、 自分の主張だけを特別扱いしようとする。
  2. 検証不能な主張を“信じろ”と迫る
    「神の考えは人間にはわからない」
    →「だから組織の言うことが正しい」 という論理は、“わからない”ことを“従う理由”にすり替えている。
  3. 反論を封じる
    「それは霊的なことだから」「あなたには理解できない」など、 相手の理解力や知識の不足に責任を転嫁することで、 議論の継続を拒む効果がある。

もう一歩踏み込むと…

この詭弁は、“証明責任の転倒”でもある。本来、何かを主張する側に証明責任があるはずなのに、「反証できないなら、私が正しい」と相手に証明の責任を押しつける。

しかし、反証できないことは“真実”の証明にはならない。 たとえば:

  • 「宇宙のどこかに透明なドラゴンがいる」
  • 「誰にも見えないけど、だからこそ存在する」

──これを“真実”と認めてしまったら、何でもアリになってしまう。

まとめ

「わからない」ことは、「あなたが正しい」ことの証明にはならない。

“証明できない”を“真実”の根拠にするのは、 論理ではなく、信じたい気持ちの自己強化。

不確かさを認めることと、 そこに都合のいい結論をねじ込むことは、まったく別物。


コメントを残す

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください