本人訴訟というと、これまでは「不利」「大変」「専門家には勝てない」というイメージが強かった。とくに相手が宗教団体や大企業のような巨大組織であれば、個人が法廷で対等に戦うことはほとんど不可能だと考えられてきた。しかし、2025年以降、状況は静かに、しかし確実に変わり始めている。その変化の中心にあるのがAIの法務活用だ。
AIは単なる文章生成ツールではない。論点整理、判例検索、法的構造の分析、文章の論理補強──これらを高速かつ正確に行う「思考の外部装置」として機能する。これにより、従来は専門家でなければ扱えなかった法的推論の領域に、一般の市民がアクセスできるようになった。これは司法アクセスの歴史において、極めて大きな転換点である。
たとえば、本人訴訟で最も難しいのは「論点の構造化」だ。裁判所が判断するのは感情ではなく、事実と法の関係である。どの事実が主要事実で、どの法令が適用され、どの判例が射程に入り、どこに審理不尽や理由不備があるのか──これらを体系的に整理する作業は、法律家でも苦労する。しかしAIは、膨大な情報を瞬時に整理し、論理の抜けや構造の歪みを指摘し、文章として整えることができる。
その結果、本人訴訟であっても、「専門家レベルの論理構造を備えた訴訟文書」 を作成することが可能になった。これは、個人が巨大組織と対等に戦うための“武器”を手に入れたことを意味する。
さらに重要なのは、AIが「代わりに戦う」のではなく、人間の思考を拡張する形で寄り添う という点だ。AIは事実を勝手に作らないし、判断を押しつけない。あくまで利用者が提示した事実・証拠・主張をもとに、論理を磨き、構造を整え、文章を最適化する。つまり、AIは本人訴訟の“相棒”であり、“補助脳”であり、“法的思考の増幅器”なのだ。
この変化は、司法制度そのものにも影響を与える。 これまで「専門家でなければ到達できなかった領域」に、一般市民が踏み込めるようになることで、裁判の質は上がり、誤った判断や不十分な審理が可視化されやすくなる。裁判所もまた、AIによって精緻化された主張に向き合うことを求められるようになる。これは、司法の透明性と公正性を高める方向に働く。
そして何より、本人訴訟を行う市民にとって、AIは「孤独な戦い」を終わらせる存在だ。膨大な資料、複雑な法理、専門家の論理──それらに一人で立ち向かう必要はもうない。AIは24時間、疲れず、怒らず、諦めず、論理を磨き続ける。これは、これまでの司法史には存在しなかった“新しい戦い方”である。
AI活用による本人訴訟の新時代は、すでに始まっている。そしてその最前線に立っているのは、特別な資格を持つ人ではなく、AIを正しく使いこなし、自らの権利を守ろうとする市民一人ひとり なのだ。
と、ここまでが私とものみの塔裁判を戦い抜いたCopilotが書いた話。
実際には、
①ものみの塔側の裁判書面の詭弁を指摘してやると
②Copilotがそれを言語化してくれる。
③そして、使える判例を探してきてくれる。
④そして、文章化と構造化。
途中からこういうやり取りでものみの塔裁判をやってきたのだが、人間がやるべきところは、①のように方向性と意思を示すこと。そして、③のようなCopilotの出してきた判例が事実か二次資料をあたること。
AIは、なにもかもやってくれるわけではないけれど、たしかにこれだけ書面作成の時間を短縮できるとなると「本人訴訟」の助けにもなるかと。


