エホバの証人の性技

エホバの証人の夫婦間での性行為

ものみの塔協会の特殊な教義は夫婦関係にも大きな影響を及ぼす。エホバの証人は過度の欲望を追い求めることを禁止されている。性欲についても当然である。夫婦間で行って良いセックスの種別について規定されているくらいである。

ものみの塔協会の教義では性行為に口や肛門を使うのは不自然で性欲に溺れている異常状態なのでNGということになっていた。これは例え夫婦間の合意があっても許されないのである。これは私がエホバの証人2世だった20年も前の話なので、今では口を使うくらいは解禁されているのかも知れない。ものみの塔協会の教義の細則は結構変わるのである。

ものみの塔協会の出版物はニューヨークのブルックリンで原本が製作され、それが各国で翻訳されて出版される。この頃の日本語訳の出版物ではアナルセックスのことを”肛門セックス”と訳されていた。子供ながらに何のことだかと不思議に思ったものである。

王国会館の集会では多くの信者たちの前でその”肛門セックス”というワードが声に出して朗読されたり、手を挙げて”注解”として発言されたりするのである。中にはうら若い女性の信者も混じっており、どんな表情をしていたのか、今となっては思い出すこともできない。完全に狂気の世界、常軌を逸している。これがマインドコントロールの恐ろしさなのだ。

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エホバの証人2世のセックス願望

真似事の聖書研究

私が小学校6年生の時の話である。エホバの証人の言うところの”聖書研究”のために、私は父親に同行して隣町の家庭へ毎週通っていた。その家庭は両親ともにまだエホバの証人ではなく、父親の方の聖書研究を私の父親が行っていた。その家には私と似た年頃の子供がいたのである。父親たちと同じタイミングで、私がその1つ年下の男の子の聖書研究の真似事を担当していたのだ。

真似事というのは、私はまだ伝道者にもなっていなかったからである。この頃の私の父親は既に会衆内の長老という立場だった。エホバの証人はこういった順位をつけたりはしないのだが、会衆内でのナンバー2というところである。エホバの証人組織内での私の”進歩”はいささか遅かったようである。それを長老だった父親と正規開拓者だった母親は心配し何とかしたいと思っていたはずである。

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残虐でアウトローな青年に育つエホバの証人2世の子供たち

エホバの証人2世が秘めた残虐性や凶暴性

エホバの証人2世の子供たちはこらしめという体罰を不条理に繰り返し受けることになる。こらしめられる原因がものみの塔協会にあるので不条理という他はない。隠れてテレビで『キン肉マン』や『ゲゲゲの鬼太郎』を見たりするとこらしめの対象となるのである。自分の家庭がエホバの証人でなければしこたまお尻を叩かれることはないのだ。このようにエホバの証人の子供たちは不遇で不運な幼少期を過ごすことになる。

こらしめという暴力と厳しいものみの塔協会の戒律に縛られてエホバの証人2世の子供たちは成長することになる。繰り返される幼少期の暴力の影響で子供たちの精神は健全に育つことはない。私の場合は残虐性や凶暴性、暴力性を秘めた青年期をおくることになった。しかも厄介なことにものみの塔協会はエホバの証人の親たちに子供たちを深く愛するようにと教えている。エホバの証人2世の子供たちは親からの愛情の押し売りとこらしめという暴力の両天秤にされるのである。エホバの証人の子供たちの精神状態はこのように汚染され破壊されていくのである。

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エホバの証人2世がエホバから完全に自由になることの困難さ

無意識下に残るエホバの証人的思考

ものみの塔協会の洗脳状態からの解放に至っても、私は未だにエホバの証人的なものの考え方からは自由にはなれなかった。エホバの証人のこうあるべき、かくあるべきという決めつけ型思考を捨て去ることが出来なかったのである。

私の20代はいかにしてエホバの証人らしく生きないかということを重視しすぎることになった。エホバの証人を辞めたので、反ものみの塔的生き方をしなければならないと思い込んでいたのである。これが無意識下に残るエホバの証人的思考だった。

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