自分の家が普通ではないと気付く瞬間
私は物心ついたときには既にエホバの証人2世だった。両親は尋常でないほど熱心なエホバの証人で、ものみの塔協会のために自分たちの生活すべてを投げ出していた。
父親はあえてフルタイムの仕事を辞めて、エホバの証人活動がしやすい時間に融通のきく不安定な職場へ転職。母親は正規開拓者と呼ばれる全時間のエホバの証人の布教活動者で、毎月100時間近く布教活動を行っていた。
私が自分が普通の家の子供ではないと、最初に気づいたのは4歳とか5歳のとき。同じ団地に住む同じ年頃の男の子が、私をお祭りに誘いに来たときだ。その男の子は空色のハッピを着て、うちわを持って私の家に来た。
「一緒にお祭りの屋台に行こう」と呼びに来てくれたのである。団地内の砂場で一緒に遊んだりする仲だったので、その延長線。お祭りの前の独特の高揚感・イベント感がその子から伝わってきたのをよく覚えている。
何だか良く分からないのだが、楽しそうなので、「うん」と私も家を出ようとすると母親に制された。「ダメだ」と家の中に引きずり戻され、母親は外に出て、一緒に来ていたその子の母親に何か理由を話しているようだった。
母親にエホバの証人だからお祭りに行くのはダメだと言われ、私はこの時、初めて自分は普通の子供と違うのだと気付くことになった。
エホバの証人がお祭りの屋台に行けない理由
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