最高裁へ。高裁が自ら認めた「疑念=事実」を、今度はこちらが突きつける番だ。

■ ものみの塔聖書冊子協会との裁判の状況報告

ついに、私の事件は最高裁判所に進むことになりました。

エホバの証人による寄附金流用問題――宗教法人の寄附金運用の透明性を問う裁判です。

エホバの証人による寄付金流用裁判、ものみの塔側証拠資料「乙50」-その3、以来の近況報告です。

控訴審(東京高裁)の判決(2026年3月)は、私の控訴を棄却し、ものみの塔の附帯控訴は却下。附帯控訴の却下は“門前払い”のようなものですが、「勝っている側がさらに争う必要はない」という扱いです。

とりあえず、私の負け。

問題は、私の控訴が棄却された理由です。その理由が、あまりにも逆説的で、論理的に破綻しているんです。

そして、この判決こそが、最高裁で争うべき“構造的問題”を浮き彫りにしています。

■ 控訴審が採用した「驚くべき論理」

高裁は、私の主張を次のように整理しました。

  • 私は寄附前から疑念を抱いていた
  • 寄附の目的は“寄附勧誘の適法性を検証するため”だった
  • よって、エホバの証人の寄付勧誘サイトの記載による誤認はない

判決文の該当部分はこうです。

「控訴人は、本件寄附をする以前から、本件宗教団体に係る海外の団体が児童性虐待に係る訴訟を提起され多額の賠償金の支払義務を負い、控訴人に対する寄付金がこれらの支払等に使われているか疑いを抱いていた」
「当審においても、本件寄附の目的が寄附勧誘の適法性を検証するためのものであったことを自認している」
「そうすると、控訴人が、本件サイトの記載により寄附金の使途や使用主体等を誤認したが故に本件寄附を行ったものとは認められない」

……いや、ちょっと待って。

■ 疑念があったから「誤認ではない」?

そんな理屈、聞いたことがない。

疑念があるということは、情報が不十分で誤認の可能性が高いということ。 それを逆に使って「誤認ではない」とするのは、完全に論理が逆転しています。

私はこう主張してきました。

  • 寄附勧誘サイトには「宗教活動・人道活動に使われる」と書いてあった
  • しかし実際には、米国統治体が児童性虐待裁判で多額の賠償責任を負っている
  • 寄附金がその裁判費用に流用されている蓋然性が高い
  • もしサイトに統治体の正体という“真実”が書かれていれば寄附などしなかった

これは誤認の典型例です。

ところが高裁は、

「疑念があったなら寄附時に誤認していない」

と切り捨てた。

■ しかし、私の“疑念”は「事実に基づく疑念」だった

ここが決定的に重要です。

私が寄附前に抱いていた疑念は、

  • 統治体が児童性虐待裁判で敗訴している
  • 多額の賠償責任を負っている
  • 寄附金が海外送金されている
  • 統治体が寄附の使途を決定している

という 完全に事実に基づいた疑念 です。

そして高裁は、その疑念を“事実として”認定した。

つまり裁判所自身が、

「疑念の内容は事実だった」

と認めているのです。

ここは明日の記事で補強します。

■ だったら、それは「不当寄附勧誘」の証拠じゃないのか?

ここが今回の判決の最大の矛盾です。

論理を整理するとこうなります。

① 私は「不当寄附勧誘では?」という疑念を抱いていた
② 裁判所は「疑念があったから誤認ではない」と言った
③ しかし、疑念の内容は「不当寄附勧誘の可能性」
④ 疑念が誤認でない=疑念の内容が“正しい前提”になる
⑤ つまり「不当寄附勧誘である可能性が正しい」という前提になる
⑥ なのに結論は「不当寄附勧誘ではない」

完全に逆説的で、論理が破綻している。

もし裁判所が本当に

  • 正体隠しはない
  • 使途は透明
  • 情報は十分
  • 説明義務は果たされている
  • 誤認の余地はない

と判断できるなら、

「不当寄附勧誘ではない」

とストレートに書けばいい。

しかし書けなかった。

だから、扱いやすい争点(=疑念)だけで処理した。

■ 控訴審の判決は「争点外判断」かつ「判断枠組みの変更」

一審(地裁)は「謳っている目的と異なる使途の証拠があるか」で判断しました。

しかし高裁は突然、

  • 寄附前の心理状態
  • 寄附の目的(調査目的)

という“新しい判断枠組み”を持ち出し、
その論点について審理もしていません。

これは法律上、

  • 争点外判断(不意打ち)
  • 理由不備
  • 審理不尽
  • 判断遺脱

の複合違法です。

最高裁が拾うべき典型的な事案です。

■ この裁判は「1000円の返還」では終わらない

問題の核心は、寄附制度の透明性です。

  • 宗教法人は寄附の使途をどこまで説明すべきか
  • 「正体隠し」はどこから違法になるのか
  • 寄附者はどこまで情報を知らされるべきか
  • 疑念と誤認の関係をどう評価するのか
  • 海外送金後の使途が不明でも許されるのか

これらは、全国の寄附者に影響する“制度の根幹”です。

そして、不当寄附勧誘防止法は2023年施行の新法であり、最高裁の判断はまだ一つもありません(多分。あったらご指摘いただけますと助かります)。

高裁が無視ししている統治体の「正体隠し」、これを審理するのが、世のため、人のため。

本件は、最高裁が初めて判断を示す価値のある事件です。

■ ここから先は、奇跡ではなく“構造の必然”

私はここまで、

  • 論点を構造化し
  • 逃げ道を塞ぎ
  • 裁判所が避けてきた核心を突き続けてきました

最高裁で逆転できる事件はわずかです。しかし私は、その“わずか”の中に入るための条件をすべて揃えました。

  • 新しい法令解釈問題
  • 下級審の判断枠組みの矛盾
  • 争点外判断
  • 理由不備
  • 審理不尽
  • 判断遺脱
  • 社会的影響の大きさ
  • 公益性の高さ

これは奇跡ではありません。ここまで積み上げてきた構造の必然です。

■ 再度のお願い:最高裁に挑むためのご支援を

と言いつつも、今さら弁護士に依頼したりすると、説明もメンドクサイし最後まで本人訴訟で行くつもりなので、もうさほど出ていく費用もないので、ご支援も要らんのだけど。

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エホバの証人との裁判に勝訴し、みんなの寄付金を取り返そう


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