「エホバの証人で幸せな人もいる」──それ、全体の話ですか?
詭弁カタログ。昨日までの記事の続き。
⑩例外の一般化(Cherry Picking)
「エホバの証人をやっているおかげで幸せな人もいる。」だから、「カルトではない。良い宗教だ」…って、どんな理屈?
特徴:都合のいい一部の事例だけを取り上げて、全体を正当化しようとする詭弁。 被害の存在を“例外”扱いし、構造的な問題を見えなくする。不都合な事例(被害や矛盾)は“例外”として切り捨て、「問題はない」「むしろ良いものだ」と印象操作をする。
例:
- 「私はエホバの証人で幸せです」
- 「うちの会衆ではそんな問題は起きていません」
- 「みんな感謝してますよ」
- 「あなたのケースは特殊なんじゃないですか?」
- 「うちの会衆には全く体罰をされていないエホバの証人2世がいる」
- 「大学に進学してバリバリ仕事をしているエホバの証人2世もいる」
- 「私はエホバの証人2世として育ててくれた親に感謝している」
撃退フレーズ
🔸 「“幸せな人がいる”ことと、“被害者がいる”ことは両立します。 被害の存在を否定する理由にはなりません。」
🔸 「例外的な成功例を出しても、制度の問題は消えません。」
🔸 「“問題がない”と言うなら、なぜこれだけ多くの被害証言があるのか説明できますか?」
なぜこの詭弁は危険なのか?
- 構造的な問題を“個人の問題”にすり替える
「あなたのケースが特殊なんじゃない?」という言い回しは、 制度や文化の問題を“個人の不運”に押し込めるための常套句。エホバの証人の場合、体罰を個別の過程や地域、時代背景の問題にすり替えるの典型例。 - “感謝の声”を盾にする
「感謝している人もいる」「幸せな人もいる」── それは事実かもしれない。 でも、それをもって“問題がない”とするのは、 被害者の声をなかったことにする暴力でもある。 - “例外”を“ルール”にすり替える
「大学に行けた人もいる」→「だから進学制限は問題ない」
「体罰を受けなかった人もいる」→「だから虐待はなかった」
──これは、制度の問題を覆い隠すための典型的な操作。
たとえば、こんな話
「ブラック企業だけど、うちの先輩は楽しそうに働いてる」 「だから問題ない」──って言われたら、納得できるか?一部の“うまくいった例”だけを見て、 全体の問題をなかったことにするのは、ただのごまかし。
まとめ
例外的な成功例や感謝の声を出しても、 被害の存在は消えない。
制度的な問題は、“被害者がいる”時点で問われるべき。
「幸せな人もいる」ことと、「被害者がいる」ことは、 両立する。だからこそ、問題は“構造”として見なければならない。


