エホバの証人をやめたあとの生き方

禁止事項の多いエホバの証人二世の反動

私は14歳の時に自分の意志でエホバの証人をやめた。しかし、その後停滞することになった。その原因は何だったのか考え続けてきた。

エホバの証人2世だった頃は、全てを抑制されていた。あれもダメ、これもダメ。全てものみの塔協会の戒律に依って制限された。テレビも見られなかったし、ゲームは絶対ダメ、男女交際なんて永遠に禁止だった。

エホバの証人を辞めて、その制限から自由になった。すると私は、何もかもを手に入れたいと思い始めた。手に入れなければならない。ナンバー1にならなければならないという思いに駆られる。

ありとあらゆるテレビ番組と映画を見なければならないし、本もゲームをあらゆるジャンルのものを全て見なければならないと考えていた。それには余りにも時間が無かった。

しかし、何もかもを手に入れ、頂点に立つなんてことにこだわる必要は全く無かった。ある程度のものを手に入れられれば充分だし、この世の組織の頂点に立つ必要もない。

なぜなら、今までが何も持たなさ過ぎた、何も出来なさ過ぎたから。エホバの証人であると蔑まれ、疎まれてきた。それから自由になれば、充分楽しい人生を送れる

自意識過剰なエホバの証人二世の脱会後

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エホバの証人をやめた後で気をつけること3点~この世での生き方

ものごころついた時からエホバの証人2世だった私が、エホバの証人をやめたのは14歳の秋。エホバの証人の毒親だった両親に、ついに脱塔宣言をした翌日は何とも清々しい朝だった。

この日の話は脱塔(エホバの証人やめます)宣言翌日の爽快な青空

この日の万能感、全能感がそのまま継続すれば良かったのだが、そうも行かなかった。エホバの証人は、からだ中にエホバの証人らしさが染みついている。私のように生まれながらのエホバの証人2世は特にその傾向が強い。

そこで、エホバの証人をやめた後で気をつけることを3点にまとめた。

  1. 自由になって何をしたらいいのかを見極める
  2. 自分の意思で継続することに注力する
  3. 過剰な自意識から自由になることを意識する

順番に説明すると

1.自由になって何をしたらいいのかを見極める

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脱塔(エホバの証人やめます)宣言翌日の爽快な青空

エホバの証人をやめた夜

私は両親がエホバの証人という、いわゆる神権家族で育った。神権家族とはエホバの証人用語で、家族全員がエホバの証人という状態のこと。

女性、とくに母親がエホバの証人に引き込まれやすい傾向がある。夫婦の場合、妻⇒夫の順番でものみの塔協会の洗脳に陥落、子どもはその過程で強制的にエホバの証人扱いされ、神権家族構築となる。

私はエホバの証人の両親の元、一人息子でほぼ生まれながらにしてエホバの証人2世だった。そんな私だったが、14歳のときにエホバの証人をやめると両親に宣言した。「もう集会にはいかない」と。

集会とはエホバの証人のミサのようなもの。王国会館というエホバの証人の教会に集まり、聖書を読んだり、賛美歌を歌ったり、信者たちの交流の場であったり。

とある夜の集会に家族で出かける直前。私は、「もうエホバの証人をやめる」と脱塔宣言をしたのだった。

このときの話はエホバの証人2世が脱塔宣言する際の3つの注意点(親に対しての告げ方)

エホバの証人はいつでも安全にやめることができる

エホバの証人をやめた翌日。やめると宣言した翌日、ではなくやめた翌日だ。エホバの証人はやめるとさえ宣言すればやめられるのだ。ものみの塔協会は、危険なカルト集団に間違いないのだが、やめるときに命の危険にさらされたり、多額の金銭を要求されることはない。この点は安全な組織。

繰り返すと、エホバの証人は、やめると宣言さえすればやめられる。全世界の信者の人々に言おう。今すぐエホバの証人をやめるべきだ。そこにリスクはない。メリットしかない。

エホバの証人をやめることのメリット

  1. 人生の真実と意味は有限限りある命、時間の無駄遣いをやめられる
  2. ホンモノの家族、親族、友人との関係を築ける
  3. 経済的問題を抱えずに済む

この3点については別の機会に説明したい。

エホバの証人をやめた清々しい朝

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エホバの証人に自殺者が多い理由②

エホバの証人に自殺者が多い理由

なぜエホバの証人に自殺者が多いのだろうか?その理由を考えるために、前回は、私がエホバの証人2世だった頃に起こした自殺未遂について触れた。

前回の話はこちら

今回は下記2点から、エホバの証人に自殺者が多い理由を考察する。

  • 私はなぜ自殺しようと思ったのか?
  • 当時の私にとって、なぜそんなに命の価値が低かったのか?

私の自殺未遂の理由①

幼児の私は包丁を持ち出して、自分の体に突き立てようとしていた。この理由は今となっては定かではない。エホバの証人2世として、炎天下や雪の降る中を、来る日も来る日も伝道活動で連れまわされるのが嫌だったのか?きたるエホバの証人2世としての地獄の学校生活を予見していたからか?

どちらでもなく、ただの子どもの悪ふざけだったように感じる。気味の悪い、行き過ぎた悪ふざけなのだが、このふざけ過ぎにはきっちりとした理由がある。エホバの証人にとって命の価値は尋常でなく軽い。人間の命など、エホバの証人にとって吹けば飛ぶようなものなのだ。

なぜか?エホバの証人信者以外の人類は皆、滅ぼされると洗脳されているから。エホバの証人信者でない人は誰もが、優しいおばあちゃんや親族のおじさん、学校の先生、隣の家の人、誰もがもうすぐ神により滅ぼされ死ぬのだ。

エホバの証人信者は全員、今すぐにでもその終わりの日、ハルマゲドンが来ると洗脳されている。エホバの証人にとって、人類全員の命が短い期限付き。もしくは忠実なエホバの証人であるという条件付き

エホバの証人の子供にとっても、命は低価値・短時間である。ゆえに自分の命も吹けば飛ぶほどに軽い。包丁で突き刺してしまえるレベルだったのだ。

私の自殺未遂の理由②

私の中学生の時の話。道路に飛び出して死んでしまおうとしたときの話だ。これにははっきりとした理由がある。学校で恥をかきたくなかったから。

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元エホバの証人2世(JW2世)、恥の記憶を糧に前に進む

思いのままに行動することが出来ないJW2世

私はほぼ生まれながらにして、エホバの証人(JW)という新興宗教の2世信者だった。

エホバの証人とはキリスト教系を自称する米国由来の新興宗教で、世界中に信者がいる。日本ではものみの塔聖書冊子協会が宗教法人として活動している。

2世信者というのは、親の宗教を強制される子供たちのことを指す。親がエホバの証人であれば、その親は当然のように子供にこの宗教への信仰を強制する。

エホバの証人の2世信者であるが故に、失ってしまったものや得られなかったものが多く存在する。それらはエホバの証人でない通常の家庭に生まれれば、それほど苦労せずに手に入るもの。

高学歴や高収入であったり、甘酸っぱい恋愛の記憶であったり、両親との温かな関係、バカ騒ぎ出来る友人など様々。

エホバの証人は戒律第一主義で、特に2世の子供にとっては禁止事項が多く世間と隔絶した異常な生活を強制される。親やものみの塔組織に逆らえば、懲らしめという体罰を受ける。

また、ものみの塔教義の根幹として終末ハルマゲドンの預言がある。エホバの証人の子供たちは、戒律に従わなければ、ハルマゲドンで神に滅ぼされるという恐怖にも苛まれる。

私は14才でエホバの証人をやめた。それ以来、手に入れられなったものや出来なかったこと、全てをやり尽くそうとして生きてきた。ある意味、これらは不毛なことだった。

「エホバという偽神とものみの塔という偶像のせいで得られなかった快楽を求めよう」という発想が良くない。

エホバやものみの塔というワードが混じってくる時点でものみの塔協会の洗脳下、支配下から脱し切れていないということ。心の大事な部分は、未だに宗教に汚染されたまま。

大事なのは、本当に必要なものや欲することをそのときの自分の気持ちのままに求めること。このように自分の思いのままに素直に行動すること、これがエホバの証人2世は大の苦手。

幼い頃から懲らしめという体罰と、ハルマゲドンでの滅びによる恐怖政治を敷かれてきた結果。簡単に洗脳は解けないし、自制と顔色伺いの生活習慣も意識せねば変えることは難しい。

エホバの証人が戒律主義である理由3つ

各家庭バラバラのものみの塔基準、親の顔色を伺うエホバの証人2世

恥の記憶と、現在の苦労を天秤にかける

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エホバの証人2世が特権より欲しかったもの

エホバの証人の特権とは

エホバの証人用語で特権という言葉がある。特権とは、簡単に言うとエホバの証人組織内で出世するということ

日曜日の集会で公開講演を行う、何千人も集まる巡回大会で講演する、会衆内の長老に任命された、エホバの証人的にはこれら全てが特権を得るということになる。

ものみの塔組織内で、エホバの証人的立ち回りを上手く続けていると特権を増していくことができる。私は物心ついた頃からエホバの証人2世として育てられていたのだが、そういう組織内で出世していくようなタイプの信者にはなれそうも無かった。

エホバの証人的立ち回りとは、上に媚び、エホバの証人にとって模範的生活態度を続けること。模範的とは、フルタイムの仕事を辞めたり、高校に行かずに布教活動に長時間従事したり、生活を切り詰めて寄付金を弾んだりといった、ものみの塔のために多額の犠牲を払うこと。

組織内で特権を得るとエホバの証人漬けの両親は大喜びする。両親に喜んで貰いたいという気持ちは当然あったのだが、私にはそれ以上に欲しいものややりたいことが多くあった。

エホバの証人二世の子どもの悲しみ

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エホバの証人2世が浴び続ける2つの視線

エホバの証人2世の子供が浴び続ける架空の視線

私は自分の意思で14歳のときにエホバの証人をやめた。やめるまでの14年間をエホバの証人2世として育てられた。それが私に一番大きく影響を及ぼしたのは自意識の問題。自意識が過剰なせいで他人の視線が気になって仕方が無い。

誰もいないところでも、誰かに見られているような気がする。誰かに見られていたとしても問題無い自分を演じてしまう。しかし、本当は誰も私に注目などしていない。それでも他者の視線が気になってしまう。

これは、幼い頃から天にいるエホバやイエスに見られていると言われながら育てられた影響。エホバの証人2世の子供たちは、常に神エホバに監視されていると思い込んでいる。

神エホバだけでなく、悪魔サタンもまたエホバの証人の子供を見ている(と思い込んでいる)。虎視眈々とサタンや悪霊は我々を誘惑する機会を狙っている(と思い込んでいる)。

こうした空想の産物からの視線を、エホバの証人2世の子供たちは感じ続けている。感受性豊かな子供だからこその恐怖の視線。

幼児期からの強力な洗脳の結果、エホバの証人の子供たちはこうした架空の視線の支配下にある。常に何らかの視線にさらされているというという思い込みはエホバの証人の子供の行動を制限する。彼らはいつでもどこにいても厳しいものみの塔協会の戒律を守らなければならない。神の監視下にあるから。

エホバの証人2世の唯一の特効薬

エホバの証人2世が法令を軽視する理由

エホバの証人2世の子供が浴び続ける現実の視線

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カルト被害をカミングアウト出来ないエホバの証人二世の悩み

エホバの証人の王国会館での事故

小学校の頃に流行った遊びがあった。息を止めて顔面に力を入れるというもの。危険なので絶対に真似をしないで欲しい。私はこれを繰り返しやっていたのだが、顔が尋常でなく紅潮するのである。それで周囲を驚かせる遊び。

王国会館でのエホバの証人の集会が終わっても、子供の頃の私はなかなか帰宅することが出来なかった。”交わり”と称して、両親は会衆内の他の信者と長く話をしていて、帰るのは最後の方に近かった。

その間、顔面を紅潮させる遊びをしていたのである。顔を赤くして会衆内の他の子供を驚かして遊んでいた。

ある時、鏡の前で自分の真っ赤になった顔を見て、その後の記憶がしばらく無くなった。どうやら脳が貧血状態になって倒れたようだ。私は地面に倒れていて、王国会館の壁には大きな穴があいている。

倒れた私がぶつかって壁が壊れてしまった。建て替えたばかりの新築の王国会館の壁に大きな穴を開けてしまったのである。

エホバの証人の王国会館とは?

この時に思ったのは、何と恥ずかしいことをしてしまったのだろうということ。変な遊びをしていて壁に大きな穴を開けてしまった。もうすぐ中学生という年齢でそんなことをしでかしてしまうとは、何と恥ずかしいことか。

しかし、しばらくするとまあ問題はないかという結論に至る。どうせこの王国会館に来ている連中との付き合いもあと何年かの間。私はいつかはエホバの証人をやめたいと思っている。

それだけの付き合いの人間に対して恥をかいたって別に良い。そもそも、いつか全くの赤の他人になる人間に対して恥でも何でもない。

本音で語れないというエホバの証人2世の苦悩

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エホバの証人2世の陰険な性格

エホバの証人二世の子供に受け継がれるものみの塔協会の悪習

私の通っていた小学校では、近所の生徒たちが朝決められた場所に集合し、連れ立って登校していた。その集団登校の時には、6年生になると下級生を連れて先導して登校しなければならない。

私が小学6年生だった頃、やはり下級生を連れて登校していた。このとき、私は下級生の1人を口頭でチクチクといじめていた。もう相手が誰だったかさえ覚えていないのだが、一番小さな子供だろう。

自分より弱者のちょっとした弱みを見つけると、そこを攻撃してしまう。私にはそんな癖がある。小学校へ入ったばかりの頃から、上級生の中でも底辺に属しているような相手には、口頭で攻撃を加えていた。

そういったいじめが暴力に発展することは無かったのだが、そもそも誰かに対して悪口を言いたかった訳ではない。

私はエホバの証人の2世として生まれながらに育てられた。暴力はいけないとエホバの証人の教義で厳格に決められている。悪口、陰口も良くないのだろうくらいは当然理解していた。

しかし、大人のエホバの証人信者の間では陰口、噂話が日常的だった。エホバの証人2世の子供たちはこういったものみの塔協会の悪習を受け継いでしまうのである。

陰険な性格のエホバの証人2世の形成のされ方

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子供にとって悪影響でしかないエホバの証人という宗教

失われるエホバの証人2世の自尊心

私はエホバの証人というカルト宗教の二世信者だった。二世信者とは宗教二世とも言われる。親の一世信者の信仰を強制される子供のこと。

エホバの証人の二世信者の特徴の一つは、他者の視線を必要以上に気にすること。カルト信者として、幼い頃から奇異の視線を浴び続けて育ったことが原因。私自身の経験から、この特徴を類推する。

エホバの証人の子供は、学校の行事に参加しないことで、同級生や先生からは変わり者扱いされる。親族からも心配され、憐れみの視線を投げかけられる。隣近所にも、子供自らブザーを鳴らし布教活動をさせる親もいる。私の親もそうだった。

小学校の高学年から中学生くらいになると、同級生の住む地域を布教活動で回るのが何よりも嫌だった。しかし、私の両親は同級生の視線を嫌がる私の信仰が弱いと思い込んでいた。完全にものみの塔協会の洗脳下にあったから。

子供に信仰心なんか要らねーっつーの。

強制的に同級生が住む区域を、カッターシャツにネクタイを締めて回らされた。完全な罰ゲーム。これは、私がもうエホバの証人をやめると両親に宣言した中学2年生の秋まで続く。

思春期の多感な時期に、親から嫌がらせに等しい理不尽な扱いを受けた。

私の自尊心は傷付き、エホバの証人である姿を誰にも見られたくないと強く思っていた。ネクタイを締めて親と一緒に近所を歩き回っている時だけではなく、エホバの証人である自分が、常に恥ずかしくて恥ずかしくて仕方がなかった。

こうして、私は他人からどう思われているか、どのように見られているのかを、必要以上に気にするようになった。

禁止事項の多いエホバの証人2世の学校生活は苦難の連続~エホバの証人のできないことまとめ

恐怖、見知らぬ家の呼び鈴を鳴らせ

エホバとキリストから無限に浴びせられる監視の視線

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