はずれる預言はカルトの証し

科学が神を超える

私はほぼ生まれながらにエホバの証人2世として育てられた。1980年代から90年代前半をエホバの証人2世の子供として最悪な幼年期、少年期、思春期を過ごした。その頃、大人のエホバの証人たちが嬉々として語っていたことに“エイズ、HIVは不治の病だ“という文言がある。輸血をしてはいけないというエホバの証人の教義に反した罰だとかなんだとかでエイズに感染すると待っているのは死だけみたいな脅し文句だったと記憶している。だから輸血はダメ、神エホバを怖れよみたいな感じ。

しかしエホバの証人が不治の病ともてはやしたHIVもいつの間にか早期発見で治るようになっているらしい。新型肺炎の対処薬としてHIVの薬が使われていると聞きかじり、ちょっと調べてみるとHIVはもはや不治の病ではないようである。科学が神を超えたということである。そんな神はやはり偽、預言が当たらない集団はカルトなのだ。騙されてはいけない。

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王国会館を通報せよ

調教方式のエホバの証人の体罰

警察庁の2019年の犯罪統計によると児童相談所に通告した子供の数が過去最多となったとのこと。児童相談所に通告した18歳未満の子供の数はは10万人弱、そのうち身体的虐待が2万人ほどだと言う。周囲にエホバの証人2世の子供がいる人は積極的に子供に通告させる、自ら通告するという行動を取れる時代になったということである。エホバの証人は子供のお尻をベルトや素手で叩くという調教方式なので身体に証拠は残らない。しかしエホバの証人2世の子供たちの心に大きな傷が必ず残る。周りの正常な大人たちがそれを救わなければならない。

エホバの証人の集会が開かれる王国会館には“こらしめ”用の部屋がある。こらしめというのは完全なる体罰のことである。下らない自己満足の講演がされている間に子供たちは当然大人しくしていることは出来ない。それをこらしめという体罰で抑えつけて子供の心ごとのっぺりと平らにして洗脳していくのである。静かに2時間座っていられる子供が模範的な良い子供、神エホバや両親からも愛されるのだと体罰の恐怖で思い込ませるのである。

こらしめ用の部屋は密室になっていて外に音が漏れない。私がしこたまお尻を叩かれていた30年以上前でもエホバの証人組織側は虐待を”疑われる”可能性があるので密室で外に子供の泣き声を漏らさないように体罰を行えと信者に通告していた。エホバの証人の世界では組織的に伝統的に子供への虐待が行われているのである。こらしめ用の部屋には掃除機があって掃除機のホースで子供の私は思いっきり引っぱたかれていた。30年以上前の光景がまざまざと目に浮かぶ。

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自意識過剰なエホバの証人2世

蔑まれていると思い込んでいるエホバの証人2

私はほぼ生まれながらにエホバの証人2世として育てられた。両親共にエホバの証人だったが中学生になってその両親にようやく抵抗したのがクラブ活動の選択である。私の通っていた田舎の中学校では生徒全員が何らかのクラブ活動に属することが強制されていた。エホバの証人の活動に差し支えるため私の両親は私を当然のように文化部に入部させようとしていたが、これに私は断固抵抗したのである。この頃の私の母校は、男子生徒はほぼ全員運動部に入部しており、文化部の男は非国民といった風潮があった。

中学生のクラブ活動が文化部だろうとスポーツだろうと今の私にとってはどうでも良いし、周囲と違って運動部に入らないというのも個性だと思える。しかしこの頃の私はただでさえ変人、変わり者、宗教、キリスト”と呼ばれ学校内で蔑まれていた、と思い込んでいた

自意識過剰なエホバの証人2

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エホバの証人のエロチックな幼児教育

エホバの証人のエロチックな幼児教育

私はほぼ生まれながらにしてエホバの証人2世として育てられた。そんな私は小学校の高学年にもなると性的な衝動に強く駆られるようになった。男の子として正常であるし、好きな女の子が出来たというのもあるが、それ以上に本当に小さな子供の頃から不要なものみの塔協会の性教育を受けた影響が大であると私は思っている。

マスターベーションはダメだ。肛門や口を使ったセックスは禁止、そんなことを幼児の内から教え込まれるのである。キスやペッティングは結婚するまで禁止、淫行、姦淫?なんだそれ?という子供にひたすら禁止、禁止と教える。ものみの塔協会の出版物には思わせぶりな写真や挿絵が載っていてさらに少年の欲望を刺激する。恐ろしいカルトなので当然なのだが、エホバの証人という組織に関わることは子供の教育には多大な悪影響を与えることになる。

そんな訳で私は小学生のうちからマスターベーションに目覚め、好きな女の子が出来て、その子と(最悪別な人でも良いけど)早くセックスしたいと願っていた。日常的にマスターベーションを行い、その女の子と両想いになって軽くデートまがいのことをしていた。

ものみの塔協会はマスターベーションを禁止しているし、ほとんどのケースで婚前交渉も禁止である。小学校高学年の私がしていたことはものみの塔協会の教義に反することだった。ハルマゲドンというこの世の終わりが来れば私は生きたまま体を焼き尽くされる。それでもセックスしたいという少年の欲望やマスターベーションから手を洗うことなど出来なかった。これが1990年代半ばのことである。

エホバの証人の両親の間違った教育姿勢

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エホバの証人2世の小学校生活

灰色の小学校生活

私はほぼ生まれながらにしてエホバの証人2世として育てられた。小学校高学年になるとこの自分の状況が圧倒的に不運であると思い始めた。エホバの証人2世である限り、明日は何ら楽しみでなく日常の景色は灰色だった。

2日か3日おきに抜群に退屈な王国会館での集会がある。この日の放課後は友達と遊ぶことは許されない。集会の予習をしなければならないからだ。この集会では1ヶ月に1回程度の間隔で割り当てというものが回って来る。神権宣教学校というものみの塔協会の教育プログラムに従い自分で考えた5分程度の話を大勢の信者たちの前でしなければならない。この準備も大変だった。

集会の日は友達と遊ぶことも出来ないし、集会の無い日でもエホバの証人でない友達と遊ぶことに対して親は良い顔をしなかった。集会の無い土曜日も学校が終わった午後になると野外奉仕活動と言われるエホバの証人の布教活動に出なければならなかった。

私が小学生の頃は土曜日の午前中はまだ学校があった。途中で学校も完全週休二日制になったのだが、私にとってはこんなものは嬉しくも何ともなかった。結局はこの野外布教活動に参加しなければならない時間が増えただけだった。楽しみなど何もない小学校生活だった

エホバの証人の子供の体罰からの卒業

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エホバの証人の子供に生まれた不幸

エホバの証人の学校生活

私はほぼ生まれながらにエホバの証人として育てられた。小学校高学年になった私はクラスメイトと同じようにクリスマス会もしたかったし、校歌も国家も斉唱し、騎馬戦にも出場したかった。そういった活動全てはものみの塔協会の柔軟性のない戒律によって禁止されていた。

学校の先生は小学生の私が何かの行事に参加出来ないと言う度に干渉してきた。しかし小学生だった私がエホバの証人の掟を破ったらどうなっただろうか?親の保護無しには生きられないし、親を捨てる覚悟もない。10歳ちょっとでその覚悟は生まれようがない。今までの親と過ごしてきた時間が自分の人生の総量に占める割合が大きすぎた。未だ両親の愛情を必要としていた年齢だったのである。

であれば親に秘密で学校生活においてだけエホバの証人でない顔をするしかないのだが、事あるごとに干渉してくる学校の先生はそれを保証できない。親に黙っていて後でばれたときに自己の保身が出来ないからだ。覚悟も無いのに、仕事だから念のため干渉してくるだけの無能な地方公務員、エホバの証人の子供だった私は学校の先生をその程度に捉えていた。

エホバの証人の子供に生まれた不幸

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エホバの証人2世の子供の不幸

体罰と愛情と恐怖による洗脳による強制

田舎へ引っ込んだ両親はますます熱心にエホバの証人の活動に集中するようになった。父親は会衆の長老になり母親は正規開拓者として熱心に伝道活動に従事していた。私もそれに引きずられてエホバの証人2世として集会や伝道などものみの塔協会の活動を中心とした小学校高学年を送ることになった。もちろん強制的にである。

内心、嫌ではあったが小学生だった私が親に抵抗する術は無かった。兄弟もおらず両親ともにエホバの証人だったので、今日だけは集会に行きたくない、そう言い出すことすら出来なかった。待っているのはこらしめという名の体罰である。体罰も理由の一つではあったが洗脳状態の両親からですら愛情を得なければ物質的にも精神的にも生きていけないという要因もあった。

また、物心ついた頃からものみの塔協会に洗脳された影響も非常に大きい。天にはエホバという絶対的で愛に溢れた許しの神がいるのだが、彼のその許しの精神も間もなく限界に達し、自身の創造物全てを一旦焼き尽くそうとしている。その大患難を生き残るためには、しこしこと王国会館での集会に通い続け、終わりの日が近いと伝道して回らなければならない。私はそう信じ込まされていた。

田舎のエホバの証人の子供の不幸

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カルトという完全悪

親族を巻き込むほど不幸になるエホバの証人

1990年、私の両親は小学生だった私を連れて田舎に引っ込んだ。親族をエホバの証人の組織に引き込むためである。しかし幸いなことに私の親族は誰も両親の声に耳を傾けなかった。これで親族一同がエホバの証人になっていたら、これは最大の不幸だった。今となってはエホバの証人をやめた私の両親だが、親族までカルトに引き込んで不和の原因を作っていたらと考えるとその罪悪感たるや計り知れないものがある。

親族の中では一番クレバーそうな私の父親がどっぷりとエホバの証人の組織に落ち込んでしまったのは不思議なものがある。それほどカルトの罠というのは人の心のわずかな隙を突いて、周到に被害者の心をがんじがらめにしていくものなのだ。

エホバという偽神、ものみの塔という偶像

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田舎へ引っ込む理由はものみの塔という偶像のせい

田舎暮らしのエホバの証人

小学校4年生になるときに私の一家は北陸の田舎へ引っ越すことになった。両親双方が北陸出身だったので、両親それぞれの実家の間に引っ越すことになったのである。両親は私が多感な少年期を迎えて都会にいるとこの世”の誘惑に晒されるという思いもあって田舎に引っ越すことを選んだようだった。

これが良かったのか、悪かったのか、私は10代半ばになると見渡す限り田んぼしかないこの田舎町が大嫌いになった。こんな所を離れたいという思いも相まって、エホバの証人を絶対に止めて親元を離れるのだという強い決意の元となった。小学校4年生の時の引越しが、私が14歳になるかならないかの時にエホバの証人を止めることが出来た原因の一つでもあった。

確かに元住んでいたわりと都会と言える地域のエホバの証人の子供たちはもうちょっと大きくなってからエホバの証人を”やめた”、組織から”離れて”いたというイメージがあった。

幼児に性的虐待を行っているエホバの証人

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苦痛に満ちた少年時代

エホバの証人2世が初めて気付く違和感

私は小学校に入る1986年に1度目の引越しをすることになる。エホバの証人の会衆は変わらず小学校が隣の校区へ変わるだけだった。エホバの証人2世の子供は幼稚園や保育園といった幼児教育を受けないので仲の良い友達との別れというようなものは無かった。

そもそもエホバの証人2世の幼児にとってはエホバの証人の世界がほぼ全てである。引越しした先で小学校に入学した私は初めてエホバの証人以外の社会に触れることになった

引っ越す前に同じアパートに住んでいた男の子が地元のお祭りに行こうと”はっぴ”を来て誘いに来てくれたことがあった。お祭りは突き詰めると八百万の神々に対する感謝の行事なので異教のものとしてエホバの証人にとっては禁止事項である。私は母親に遮られてお祭りに行くことは出来なかった。

この時に感じた違和感を小学校生活では常に味わうことになる。この違和感に気付いたときはすでに遅すぎた。両親は後戻り出来るような健全な脳の状態をしていない。完全なものみの塔協会のマインドコントロール下に置かれていた。子供の私が何を言っても始まらない。待っているのはこらしめと呼ばれる体罰である。

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