エホバの証人の王国会館と集会

エホバの証人の王国会館とは

エホバの証人が集まる集会は、王国会館というものみの塔協会の集会場で行われる。王国会館は全国各地にくまなく建設され、よく目にする建物である。私はあのパステルカラーの建物を見ると何とも言えない嫌な気分になる。あの簡素な造りの建物を見ると吐き気がするのである。

この王国会館はエホバの証人信者たちの奉仕活動と寄付金によって建設されている。私がまだ王国会館に連行されていた1990年代半ばまでは専門的にこの王国会館の建設に携わるチームがあった。

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エホバの証人のセックスとマスターベーションの罪と罰

エホバの証人2世のセックスに対する執着

エホバの証人2世の性に対する執着は尋常でなく強い。子供の頃から過剰な性教育を受けているからである。これはものみの塔協会の方針である。正式な交際中なら手をつなぐのはOKだが、キスはNG、例え結婚していても肛門でのセックスはNGと露骨な性描写がものみの塔協会の出版物には記載されているのだ。こういった性に関する露骨な教義を、物心つくかつかないかの小さな子供たちにエホバの証人の親たちは臆することなくたちは教え込んでいるのである。

思春期になるとこのエホバの証人の性教育は逆効果となる。エホバの証人2世だった私は教団の出版物にある性描写に異常な興味、関心を覚えた。ベッドに横たわる悩まし気な写真が若い人向けのエホバの証人の出版物に載っている。ものみの塔協会の出版物には露骨な表現で性行為の禁止を歌う文章がそこら中にでてくる。これが思春期の男の子の性欲をたぎらせるのだ。

ただそれはすぐに叶えられる欲望ではない。自分自身がものみの塔協会に献身し、その後で既に献身している異性の信者を見つけ、適切な期間の純潔な交際状態を保ち、ようやく結婚、その後でやっとセックスに至るのである。気の遠くなる遠大な道のりである。

過剰な性に関する情報を供給され、それを発散することは永遠とも思える先まで禁止されているのである。これでは余計にセックスに対して興味が高まっていくだけである。はちきれそうな性欲を誰もが抱える思春期を迎えるとエホバの証人2世はもはやそれを抑えることが出来ないのだ。

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エホバの証人2世の抱える異性との交際に関する問題

異性との交際にも制限のかけられるエホバの証人

若いエホバの証人の信者たちは、異性と交際するとしても2人きりで会うことは出来ない。結婚直前にならないと2人きりでのデートは許されないのである。しかも、許される交際相手はエホバの証人のみである。未信者の異性と付き合うことは許されない。セックスに至る日は永遠に来ないと言って良い。未婚のエホバの証人の2世は全員が童貞か処女であるはずなのである。

ものみの塔協会は愛情や性欲を独特の教義で抑え込んでいる。他の宗教や無神論者を一切認めないこの了見の狭さは異常である。しかし、この組織の中にどっぶりと浸かってしまうとこの異常さが日常となる。目が覚めるまで、異常な状態に気付かないのだ。これが洗脳ということである。

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エホバの証人2世がエホバから完全に自由になることの困難さ

無意識下に残るエホバの証人的思考

ものみの塔協会の洗脳状態からの解放に至っても、私は未だにエホバの証人的なものの考え方からは自由にはなれなかった。エホバの証人のこうあるべき、かくあるべきという決めつけ型思考を捨て去ることが出来なかったのである。

私の20代はいかにしてエホバの証人らしく生きないかということを重視しすぎることになった。エホバの証人を辞めたので、反ものみの塔的生き方をしなければならないと思い込んでいたのである。これが無意識下に残るエホバの証人的思考だった。

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