エホバの証人の性教育

あなたは大丈夫でしょ

エホバの証人は伝道活動で一般の人を開拓する。開拓された人はエホバの証人の研究生となり伝道者にカルトへの道を導かれることになる。この研究生とエホバの証人の伝道者が異性だった場合は同性の伝道者へその後の聖書研究が引き継がれることになる。

聖書研究となると家に上がり込んで、長時間2人きりになるのでこれは当然のことである。そもそもエホバの証人の2世ともなると性に対する興味は著しく高く、そして極限まで抑圧されている。エホバの証人の2世は非常に誘惑に弱いのである。ある意味ではこれはエホバの証人組織としての自衛行為であると言うことができる。

ものみの塔協会は貞節についても口うるさく信者を指導している。これも欲望に弱い信者への自衛行為である。異性の車の助手席に乗るな、密室で2人きりになるなと言われるのである。ただほぼそんな心配のない見た目のよろしくない信者や年配の信者までもがそういったことを遵守しようとしているのは何とも滑稽な姿である。

周囲のエホバの証人信者はそんな思わずつっこみたくなる事象に対しても真面目に振舞う。異性の信者を見て心中でもあの人と間違いを起こすなんてありえないと思うことすらないのである。性欲が溜まりまくっているから”あり”なのかどうかは不明だが、結局はそのように貞節を守ろうとする人は立派な信者だと評価するのである。これが何でも物事を一義的にとらえるエホバの証人のつまらなさである。

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エホバの証人2世という暴走人間

エホバの証人2世の精神汚染

私はほぼ生まれながらにしてエホバの証人2世として育てられた。幼児期も幼稚園や保育園に行くことなく母親のものみの塔協会の伝道活動に連れ回されていた。

エホバの証人の研究生の家に上がりこんで聖書研究と称してものみの塔協会の出版物を用いた洗脳活動が行われることがある。この聖書研究にも子供の私は同行させられていた。人の家に子供まで連れて上がりこんで従順なエホバの証人に仕上げるべく洗脳を行うのである。

この聖書研究や伝道中の子供はものみの塔協会の広告塔のような役割を背負わされている。子供がこんなにも大人しく賢く育つとは何と素晴らしい宗教でしょうという具合になるのだ。

その実エホバの証人2世の子供の精神状態はズタズタである。そんなにも大人しくしているのは(いなければならないのは)こらしめという体罰の支配下にあるからである。少しでもはしゃいだり大きな声を出したりぐずったりすれば、帰宅後にしこたまお尻を叩かれるのである。愛する両親が一変し鬼の形相で怒り狂うのである。その後で抱き締められ諭される子供の心はいかなるものか。

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エホバの証人の性欲

ものみの塔協会の古臭い性に関する教義

ものみの塔協会は結婚していない異性との接触を不道徳と呼び禁止している。例えば未婚の男女の交際については手を握るくらいまでしか許されていない。その際も完全に結婚を前提としているという前置きが必要である。2人きりで会うにしてもいきなりというのは許されていない。”適切”な回数のグループ交際を経てということになる。

ちょっとしたキスをするなどという行為も未婚の男女である場合はとんでもない不貞とされている。2人きりでラブホテルから出てきたりするのを目撃されればエホバの証人としての未来は真っ暗である。会衆内にふしだらであるという噂が流され、下手をすると組織から追い出され村八分となる排斥処分になる。エホバの証人をやめるにはまたとない機会なのだが、エホバの証人一家の場合は家族から下半身のだらしない奴だとレッテルを貼られ本人は傷つくことになる。この状態から一般人として明るい未来を構築するのはなかなかハードルが高い。

未婚の女性が男性の車に乗るにしても助手席に乗ったりせず、わざわざ後部座席に乗るのである。当然、エホバの証人には不倫などは許されていない。エホバの証人の夫婦にとって離婚が許される唯一の要件が配偶者の不貞だったはずである。

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ハルマゲドンと永遠の命という悪い冗談

ものみの塔協会の情報統制

エホバの証人は喫煙や過度の飲酒も禁じられている。しかし、この宗教の創始者である初代会長のラッセルはアルコール依存だったという話もある。こういった話はいくらでも出てくる。ラッセルの墓が存在しピラミッド型のモニュメントになっているという話もある。初代会長ラッセルと2代目の会長はそれぞれ離婚し夫婦生活に破綻をきたしている。

こういった情報はゴシップ的なもので全てを本当だと決めてかかれないのだが、これらは全てが真実である。何故ならものみの塔協会はこういった都合の悪い事案をひた隠しにしているからである。信者のエホバの証人が一切こういった情報に触れないように情報統制を敷いているからだ。隠すのは真実だから偽りならば堂々と反論すれば良い。論争はものみの塔協会の得意とするところなのだ。

 

ものみの塔協会のマインドコントロールの手法

私はほぼ生まれながらにエホバの証人2世として育ち、子供の頃からのこの情報統制下にあった。天に神エホバは存在しキリストの統治が間も無く始まる。そのときのこの世を浄化するハルマゲドンが勃発する。その裁きの日に滅ぼされることがないように両親やものみの塔協会の言うことをしっかりと聞いて、熱心に伝道奉仕活動を行わなければならない。ハルマゲドンを生き延びれば地上の楽園で永遠の命を得られるのである。

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田舎のエホバの証人2世のセックス問題

不毛な田舎を目指すエホバの証人

両親は熱心なエホバの証人で私は生まれながらにしてエホバの証人2世だった。私が小学校4年生になるときに一家で田舎に引っ越すことになった。引越し先は両親双方の実家の真ん中くらいではあったのだが、田舎の方がエホバの証人として必要とされているという理由もあった。実際に引っ越してからは必要の大きな所という理由で住んでいた所からさらに奥地の大田舎へわざわざ伝道奉仕に行っていたものである。甚だしいお節介なのだが、本人たちは至って真剣だ。

自身がものみの塔協会や地域の未だ真理を聞かぬ人々から必要とされているということが自尊心をくすぐるのだ。これは1980年代から1990年代前半の頃の話である。必要の大きな所と称してエホバの証人の若者たちが文字通りに仕事も人生も投げ打って片田舎へ伝道のために引っ越していた。不毛である。まさに人生の浪費だった。

私の父親にしても大学を卒業して新卒で就職した仕事をわざわざやめて田舎に引っ込んだのである。30代にして自らのキャリアを捨ててエホバの証人の活動に従事しようとしたのである。カルトの洗脳がいかに危険かということが分かって頂けるだろう。もう他の何も見えないし聞こえないという状態なのである。

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エホバの証人2世が特権より欲しかったもの

エホバの証人2世にとっていらない特権

エホバの証人用語で特権というものがある。これは簡単に言うとエホバの証人組織内で出世するということである。日曜日の集会で公開講演を行うことになる、何千人も集まる巡回大会で講演をすることになった、会衆内の長老に任命された、エホバの証人的にはこれら全てが特権を得るということになる。組織内でエホバの証人的な立ち回りを上手く続けていると特権を増していくことになる。私は物心ついた頃からエホバの証人2世として育てられていたのだが、そういう組織内で出世していくようなタイプの信者にはなれそうも無かった。

私は幼い頃からものみの塔協会が禁じている暴力や心霊現象を扱うテレビ番組を両親に隠れて見ていた。このテレビ番組の禁止レベルが非常に厳格で私の子供の頃だとキン肉マンやゲゲゲの鬼太郎クラスでNGだった。隠れてテレビを見ていて親に見つかりそうになったり、テレビを見ることの出来る決められた時間を超えたりするのに伴って両親に対して常習的に嘘をついたりすることになった。

またテレビゲームだとかプラモデルといったこの世のものが与えられることがほとんどなかった。エホバの証人にとってふさわしくないというのがその理由である。自らそういったものを手に入れるために万引きをしてみたり親の財布から金を抜いたりと、普通の子供にとっても悪と思われることをするようになっていた。

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ものみの塔崩し

エホバの証人の教祖ラッセル

ものみの塔協会に自分の時間や財産などをほんの少しでも与えてはいけない。なぜならエホバの証人の教義は全て作り話だからである。開祖となった初代ものみの塔協会会長ラッセルの妄想と空想の産物である。ラッセルは聖書研究者だったがヘブライ語やギリシャ語を読めない米国人だった。神が英語でラッセルに語りかけたと言うのだろうか。

ラッセルは時代ごとに現れる偽予言者の一人に過ぎない。ただの新興宗教の教祖の一人である。エホバの証人もカルト色の強い新興宗教の一つに過ぎない。ものみの塔協会の預言は真理とは程遠いものなのである。

 

もろく崩壊するものみの塔

エホバの証人が捧げた寄付金や労働力はものみの塔協会の上層部の人間もしくは組織そのものを潤すために浪費されている。現在のものみの塔協会は組織そのものの維持運営が目的となっている。彼らの活動で得をする人間は皆無である。本来の目的を見失い組織そのものが自己保身のために誤った方向へ転がり続けている

これは停滞し滅びゆく組織に共通の末期の症状である。外部から誰かが打撃を加えればもろくも崩壊するのだ。私はものみの塔協会の矛盾とからくりを無垢なエホバの証人たちに気付いて欲しいと思っている。そのためにこうやって思い出したくもないエホバの証人のことを書いているのだ。

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バプテスマと排斥の因果関係

エホバの証人2世のバプテスマ

私は家族全員がエホバの証人信者である神権家族でエホバの証人2世として育てられた。父親は会衆の長老、母親は正規開拓者でエホバの証人的にはサラブレッドとも言える最悪な状況にあった。エホバの証人の2世信者の中には小学校高学年ぐらいからバプテスマを受け始める子供が現れ始める。バプテスマとはものみの塔協会に対する献身の儀式である。私はほぼ生まれながらにしてエホバの証人の家庭で育ったのだが、中学生になってもなぜかバプテスマの献身の儀式を先延ばしにされていた。

私はエホバの証人をやめたいといつも強く願っていたし、ものみの塔協会に献身したいなどとは全く思っていなかった。ただ親から求められれば仕方が無いので偽りの献身をしただろう。表立ってはエホバに従っているものの隠れた場所ではものみの塔協会の戒律を破り心中ではエホバの証人をやめたいと私は思い続けていた。献身の儀式も私にとっては本当にただの儀式でしかなかったのである。

私のバプテスマが先延ばしにされていたのは私にそのつもりが全く無かったことが第一の要因である。しかしそれとともに両親による私に対する愛情もあったのではないかと今の私は考えている。

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バプテスマのさなか膨らむ妄想と水着の下半身

エホバ証人のバプテスマとは

エホバの証人の世界にはバプテスマという組織に対する献身の儀式がある。この儀式のポイントはエホバの証人組織に献身するということなのである。建前は神に身も心も捧げるということになっているのだが、実際はものみの塔協会の言うことを妄信的に信じ命も捧げることも厭わないという覚悟の表明となるのである。輸血拒否の教義がある限りエホバの証人は輸血の是非が生存の境界となる場合には組織に殉ずる限り死ぬことになる。交通事故などには充分注意して頂きたい。

このバプテスマはエホバの証人の年に何回か開かれる大会という大規模な集会で行われる。その地区で新たに献身する信者が集められ、大会のプログラムの中で献身にまつわる話がなされる。その後で実際にバプテスマとなる。信者は全員水着に着替えバプテストの男性にお姫様抱っこをされて一瞬プールの水の中を潜らされる。髪の毛一本たりとも水の中から出てはいけない。全身を潜らせなければ失格となる。

献身するのに”ふさわしくない”人の場合は何度やっても体の全部を沈めることが出来ないというエホバの証人の都市伝説がある。神や聖霊によってバプテスマが妨害されているということなのだが、ただの迷信である。エホバの証人の誰かがでっち上げた話である。

この大会は市民ホールや大きな展示館などを借りて行われる。そこにプールを持ち込んで水を張ってこの儀式を行っているのだ。全くご苦労なことだがホールの運営側に許可を得ているのかどうかは不明である。エホバの証人は神のご意志”に沿っているという前提ならば社会的な法規や契約などは簡単に無視する集団である。危険なカルト集団である。大きなホールを貸し切るのは簡単ではないので、バプテスマ用の水を張ったプールの使用を断られたとしても無視して強行するはずだ。

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エホバの証人の露骨な性教育とマスターベーションという罪

エホバの証人の夫婦間での性行為

ものみの塔協会の特殊な教義は夫婦関係にも大きな影響を及ぼす。エホバの証人は過度の欲望を追い求めることを禁止されている。性欲についても当然である。夫婦間で行って良いセックスの種別について規定されているくらいである。

ものみの塔協会の教義では性行為に口や肛門を使うのは不自然で性欲に溺れている異常状態なのでNGということになっていた。これは例え夫婦間の合意があっても許されないのである。これは私がエホバの証人2世だった20年も前の話なので、今では口を使うくらいは解禁されているのかも知れない。ものみの塔協会の教義の細則は結構変わるのである。

ものみの塔協会の出版物はニューヨークのブルックリンで原本が製作され、それが各国で翻訳されて出版される。この頃の日本語訳の出版物ではアナルセックスのことを”肛門セックス”と訳されていた。こんな言葉を物心つくかつかない頃から聞かされ、文章が読めるようになれば声を出して朗読させられるのである。たまったもんじゃない。

王国会館の集会では多くの信者たちの前でその”肛門セックス”というワードが声に出して朗読されたり、手を挙げて”注解”として発言されたりする。中にはうら若い女性の信者も混じっており、どんな表情をしていたのか、今となっては思い出すこともできない。完全に狂気の世界、常軌を逸している。これがマインドコントロールの恐ろしさなのだ。

聖書に肛門や口をセックスに使ってはいけないと書いてある訳ではない。ものみの塔協会の出版物の執筆を担当している欲求不満の信者が、変態的に下層の信者へ強制しているだけなのである。夫婦の寝室にまで入り込み使用して良い性技の種類を限定するというデリカシーの無さには呆れるばかりだ。

夫婦双方がエホバの証人信者であった場合、夫婦間での性行為に関する前提は欲望に溺れないということになる。片方が物足りなさを感じることも当然ある。片方が信者でない場合はもっと問題である。相手のエホバの証人的には過度と思える要求に応じることは出来ない。さらには禁止されている行為に関しては拒否するしかない。これは離婚の決定的な理由になることもある。

特別に強いエホバの証人2世の性欲とマスターベーションという罪

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