エホバの証人の暗黒の日曜日

カルトに気をつけろ

エホバの証人には日曜日の午前中に2時間の集会がある。これは週に3回もある集会のなかで最も重要な位置に置かれている。女性信者の旦那さんがまだ未信者だったり初めて王国会館に来たりという人が連れて来られるのがこの日曜日の集会である。

最初の1時間は公開講演と呼ばれる花形の男性信者の兄弟による講演である。長々とした祈りと賛美の歌の大合唱の後でこの尋常でなく長い講演が行われる。熱烈な身振り手振りと激しく抑揚を帯びた声で講演の内容が離される。

よく練習された話し方で壇上からマイクを通して自信満々にものみの塔協会の教義を聞かされるのである。聴衆は子供から大人まで熱心にノートに講演の内容を書き留めながら時々うなずくような態度を見せる。

その初めて連れて来られた洗脳集団の中で違和感を覚えて恐怖を感じればセーフなのだが、そうでない人はもう洗脳一直線である。今の私の感覚で行くと賛美の歌の大合唱のあたりで気持ち悪さとヤバさを感じて即座にさようならである。

そもそも初めて王国会館に連れて来られた人は信者たちから熱烈な歓迎を受ける。握手を連続して求められるのである。この段階で今の私なら拭え切れない危険なカルト臭を感じるはずなのだが、1980年代前半頃の私の両親はそうではなかった。

いつの間にか王国会館に来た人を熱烈に歓迎する側に回っていたのである。熱烈な歓迎を一切疑わずに純粋に喜んでしまうような人は要注意である。何物でもないあなたを熱烈に歓迎するのは必ず何らかの理由がある





洗脳を深めるものみの塔誌

公開講演の後は再び賛美の歌の大合唱をはさんでものみの塔協会が発行しているその名も”ものみの塔”という機関紙の討議である。この枠には司会者と朗読者がいて朗読した範囲から司会者が質問を出して出席している信者が挙手して解答する。

この解答は注解と呼ばれ、注解をするための予習を信者は行ってこなければならない。司会者がする質問はあらかじめ本文の欄外に書かれていて、文章の節毎に質問が設定されている。決められた範囲内に書いてあることから質問が出されるのでバカでも答えは解る。そのため完全に予定調和的な注解ばかりになる。

斬新な注解をしようものなら、直ちにベテラン姉妹が訂正の注解をするだろうし司会者も黙っていない。ものみの塔協会側が求めていない珍回答を連発していると背教者の疑いをかけられてしまう。何が楽しくて日曜の朝からこんな無意味なことをやっているのか甚だ疑問である。自分の頭で考えることなく文中から答えを探し出す反復運動でエホバの証人は洗脳まっしぐらなのだ。


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