エホバの証人2世が蛍光灯を割りまくること

模範的であれという拷問

私はほぼ生まれながらにしてエホバの証人2世として育てられた。エホバの証人の子供は常に”模範的“であれと言われる。私の家などは両親ともに熱心なエホバの証人で父親は会衆の長老で母親は正規開拓者だったので、特に模範的であるようにと厳しく躾けられた。

週に三度の集会では大人しく話を聞いて座っておらねばならず、その集会の前後の王国会館で子供だけで遊ぶような”交わり”の時間でも他のエホバの証人の子供の模範となるようにと言われた。野外を家から家へと連れまわされるものみの塔協会の伝道奉仕や他人の家へ上がりこんで行われる聖書研究のときも常に大人しく模範的な子供でいなければならなかった。子供の頃の私は一瞬たりとも息を抜けず四六時中エホバの証人2世として模範的でなければならなかったのである。

何といっても子供なのだ。はしゃぎたい時に大はしゃぎさせるべきなのである。葬式だとか何だとかという絶対に騒いではダメなときも存在するだろう。そのときは説明するか一緒に退席すれば良い。 それくらいは子供でも判断できるものである。しかし毎日が子供らしく振舞えないとなると、活発な子供にとってはもはや日常が強烈なストレスなのである。





エホバの証人2世の破壊衝動 

ストレスはどこかで発散させなければならない。私は密かに悪事を行うようになっていた。両親にさえ露見しなければとりあえずはこらしめという体罰を受けることはない。

しかし天にいるエホバ神には見られている。いつか報いを受けるのだという罪悪感もエホバの証人2世の精神に暗い影を落としている。自分の命がハルマゲドンまでの限定的なもので寿命を全うすることが出来ないという思いを抱くのである。

小学校に入る前の私は近所の電気屋の裏に置かれていた蛍光灯を割るというストレスの発散方法を発見した。切れて使えなくなった蛍光灯が山のように積まれているのである。それを剣道の竹刀のように振りかぶって思いっきり叩きつけて割るのである。

最初は一本割ってすぐに逃げて隠れていたのだが、段々私も大胆になる。凄まじい音を出して蛍光灯を割るのはとても気持ちが良かった。沸いてくる破壊衝動に突き動かされて何度も何度も繰り返し蛍光灯を割っていた。

何本も割っていると流石に電気屋の主がやってくる。凄まじい音がするので 飛んでくるのだ。こんなときの言い訳も私は用意していた。”その辺で遊んでいたらとんでもない大きな音がしたので来てみたらこんな惨事が起こっていた”というものである。子供の嘘なので電気屋には見透かされていたのだろうが、処罰の対象になることは無かった。

こうして私は見つからない悪事にこの後も手を染めるようになる。しかし天にいるエホバからは見られているという強い罪悪感は拭えなかった。とりあえず親からこらしめだけは受けなければ良いという思いで私の悪事は継続されていくのである。


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