ハルマゲドンでやけっクソのエホバの証人2世

エホバの証人2世の深い洗脳状態

エホバの証人をやめてから10年弱の間、いつか私はハルマゲドンで滅ぼされるものだと思っていた。人間の短い生の貴重さに気付き、ものみの塔協会の言いなりになって生きていてはいけない判断したのは私が14歳のときである。この頃の私は楽園で一切の快楽無しに永遠に生きるということに価値を見出さなかった。今でも同じ考えである。

しかしものみの塔協会の洗脳状態から完全に脱却した訳ではなかった。神エホバやキリスト、悪魔サタンは存在するしものみの塔協会はある種の真理を語り、ハルマゲドンも近い将来に起こると信じていたのである。14歳という若さゆえの無邪気さではなく、幼い頃からのマインドコントロールの成果である。毎週3回の王国会館での集会、家庭での聖書研究、日々の祈り、その反復学習で思考が固定されていくのである。

エホバの存在に疑いの余地は無かった。王国会館のエホバの証人たちは人間なので未熟でものみの塔協会の教義も未だ不充分な箇所があるという感覚はあった。これはものみの塔協会が自身のために用意した逃げ道である。神エホバは完全完璧だが、その意思の中継手段であるものみの塔協会は人間によって運営されている。情報の伝達に誤差が生じることはあるという訳だ。

私がエホバの証人やめたのは、ものみの塔協会の教義が変更される直前の1994だった。その翌年くらいの教義変更でそこまで終末は切羽詰まったものではなくなったはずである。私は当然そんなことは知りもしなかった。





エホバの証人2世の死生観

私は自分の寿命の範囲内でハルマゲドンが勃発するような気はしていた。天寿を全うし老衰で死ぬというような感覚は薄かった。どうせ神の是認は得られていないのである。不慮の事故で死んだり、病気になって若くして死んだりする可能性も高いと思っていた。

私は10代のうちに自動車の全損事故を2回も起こしている。無謀なスピードで走り激突事故を起こしたり、飲酒運転で捕まったりしたこともある。自動車が大破した2回の交通事故の際にシートベルトすらしていなかった。スピードメーターがリミットを超えて振り切れている刹那が気持ちよかった。私にとって継続して生きるという生への執着は希薄だったのである。

ハルマゲドンで私は滅ぶし、そもそも長生きは出来ない。そういった前提があったので、自分の身体や生命を大事にするという感覚が粗末だった。こういった感覚もエホバの証人の2世にとって特有のものである。天から降ってきた火球で体を焼き尽くされ苦しみながら死んでいく。そんなハルマゲドンの夢を子供の頃から見るのである。自身の命の永続性、継続性について普通の子供とは違う感覚なのである。


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。